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KT もともと自分がアートの世界に足を踏み入れたのは、アートを見ることが好きだったからです。自分が興味を持っているものから影響を受け、その興味の対象の中に自分との繋がりを見つけ出す。おかしな話ですが、無関係な対象の中にこそ自分が存在しているように思います。それを隠す必要はないでしょう。アーティストは美術史家や批評家とは違う見方で歴史を見ることができるはず。世界の多様なソースの中から繋がりの線を引いていく、そのようにして歴史を自由に再構成しながら制作をしているアーティストも実際に数多くいますよね。
ちょっと違うかもしれませんが、それはツイッターのタイムラインのようなものかもしれません。そのときそのときで自分の興味のある人びとをフォローし直し、自分のためのタイムラインをデザインしていく。それは世界のひとつの現れですよね。タイムライン上には僕が見たい日本のアートシーンが出来上がっています。でもいざ日本に帰ってくると、それがかなり偏った日本のイメージであったことに気づかされます。現実とはまったくズレていて、自分が見たいと思っている東京は現実の東京にはないのだということ、自分が見たい世界は実在しないことに気づき、少し驚きました。でも、ツイッターのタイムラインを育てていくように、自分が見たいと思う日本現代美術史を考え、再構成するのもいいかもしれない。それをもとにこの現実に働きかけることもできるかもしれませんしね。